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姉の形見の、小さな命を受け取って。
その魔力を受け継いで。
自分がこれから、何を成すべきなのか……。

幸せになってほしいと願ってくれた姉の為にも、自分が悔いなく生きること。
それだけは絶対に、護らなければならない、新しい『約束』なんだろう……と、思った。



瑠璃の瞳 ─5─




「……そこで何をしている?」
一息ついた頃、近づいてきたランタンの灯りに気づいたのは当然ながら、ヴィンが最初だった。

街の衛兵がふたり。
装備が軽いのは、見回りの為だろう。片方がランタンを持ち、もう一方の男は槍を構えている。
夜回りまで行われているとは……。
独立への動きが水面下で広まっている事を、治世者達も気づいているんだろう。
強張った顔で不安そうにエァルスを見つめる夫妻の前で、ヴィンは事態を見守っていた。
街の中で役人相手に荒事を起こせば、盗賊という職業以前に即座に本当の『お尋ね者』だ。ここはすぐさま動こうとした自分を軽く制した、相棒の出方に頼るしかない。
梟を連れているのは流石に怪しまれると判断したのだろう、セーンにはまず空へと向かうよう命じていた。その後エァルスが何を言っていたのか、自分にはわからない。

「こんばんは」
にっこりと、不思議なことにエァルスは朗らかな挨拶を衛兵達ふたりにかける。
思わず、ヴィンも夫妻もエァルスを唖然と見つめた。
幾ら美形だとは言え、何処からどう見ても男でしかないエァルスの笑顔で、色仕掛けなわけもないだろう。
戸惑っている3人を余所に、エァルスはただ笑顔で彼らに近づいた。


──と。

何やらやけに親しげに、衛兵とエァルスは談笑している。
暫しの歓談。その後笑顔で手を振るエァルスに、衛兵は手を振り返し、何事もなくその場を去っていった。
さして長い時間でもない。そして彼らは、他の3人には目もくれなかったように思う。
ランタンの明かりが徐々に遠ざかり、見えなくなったところで、ふぅ、とエァルスが息をつく。
「……なにやったんだおまえ……?」
呆れた顔で、ヴィンが相棒の端正な顔を覗く。
それに応えず、彼は振り返ると夫妻に真剣な顔を向けた。
「お二人は急いで家に戻って下さい。俺達はここからすぐ街を出ます。探知されないような力しか使っていないから、早くに効果が切れると思う」
そこでヴィンに向き直ると、強く頷いた。
「……魔法って便利だなぁ畜生」
苦笑いを浮かべつつも、ヴィンの声音にはおどけた調子はない。彼も腕のいい冒険者である。
衛兵達が魔法で意識を攪乱され、その場を知己との会話として立ち去っただろうことは見て取れたようだ。
崩れかけた外壁の穴に、荷物を背負い直して手をかけた。
「荷物持ってきといて良かったな」
素性を聞いた段階で、長居はできないとわかっていたから今更だけれど。
さっと身軽に壁を乗り越え、ヴィンは戸惑った儘の夫妻に手を振り、軽く会釈する。
「夕飯美味かったって、宿の女将にもよろしくー!」
にこりと笑って、盗賊は暗闇に身を融かす。
「慌ただしくてすいません」
エァルスが深々と頭を下げる。
「お二人に会えて本当に良かった。家族を弔ってくださった事、心から感謝します。何もお返しできずにすみません。……本当にありがとうございました」
そう言って夫妻の手を取り、「どうかお元気で」と微笑んだ。
「……こんな夜に! せめてうちででもお休みになってから……」
我に返り、ミファーナがエァルスの手を握り返そうとするのを、エァルスは優しく制した。
「俺がいると、何があるかわかりません。この場に墓石があるのを隠した幻影も、もうすぐ消えます」
そう言って、 悲しそうな顔で、眼下の街を見下ろした。
「壁の魔法には反応しなくても、俺がここで魔法を使った事が街の何処かで探知されているかもしれません。……否、多分されているから」
占領された故郷に張り巡らせられた魔法探知の術を、彼の瑠璃の瞳は捉えているのだろう。
「ここにはもう来ないようにした方が安全です。貴方達に何かあったら、それこそ俺の幸せは実現できませんから」
その笑顔は、優しい拒絶。
「いつかこの国が独立できたら……、弔い直しに来ますね」
だから、それまで荒れ果てても気にしないから。
もうここには来ないようにと。

きっとこの魔法が解け、明日になれば、この隠されていた墓石も暴かれるのだろう。
「そして俺の力じゃ無理かもしれないけれど……いつか、学院自体も」
遠い眼を、廃墟の儘の尖塔に向けた。
自分は専門の魔導師ではない。きっと学院の跡地にかかる、魔法の結界さえ解除できないだろう。
けれど、この大陸に残る魔法戦士は、自分の先輩を含めても一握り。このまま修行を兼ねて旅を続け、経験を積み、もっと魔力も磨いていけば。
いつか、この自分が継いだ業を伝え育てる事が、出来ると思っていた。
姉もきっとそれを期待して、己の魔力を自分の支えとして残してくれたのだろう。

夫がミファーナの肩をそっと抱き、エァルスに惜別の笑顔で頭を垂れた。
「エァルス様もお元気で……。幸せを願っております」
その言葉に笑顔で返し、壁を乗り越える時、もう一度だけ墓石に視線を送った。
別れの言葉ではなく、再会の約束を口にして、エァルスもひらりと街の外へと向かう。
残された夫妻は涙を拭い乍ら、その後家路を急いだ。


壁の向こう、少し先に辺りを覗いながらヴィンが立っていた。
「別れはすんだか?」
あくまでも軽く、気安い言葉なのは彼なりの気遣いだろうとすぐにわかる。
あぁ、と軽く返して歩き出した。
夜遅い慌ただしい出立にも、文句のひとつどころか不満の表情さえ見せないヴィンに、エァルスは心底感謝した。
心根の優しい奴なんだと、改めて思う。
彼の育ちは知らないが、生きる為には盗賊という職業に、成らざるを得ない境遇だったのだろう。
外壁から姿が見えない場所まで来ると、エァルスは先に飛び立っていたセーンに呼びかけた。
既に慣れた様子で、梟は主の手甲にふわりと舞い降りる。

爪の先には、指輪とメダルが通された鎖。持ったままなら、壁を越える時にまた警報音がなっていた筈だ。
軽く礼を言って鎖を受けると、エァルスは首にかけ直す。
「上までは探知魔法もかかってねぇのか?」
「壁の上にも、人の背丈くらいの高さまではかかってるけどね」
流石に街全体を巡っている以上、そんなに広範囲ではかけられないということか。

得心したヴィンの横で、エァルスは徐に後ろを振り返るとメダルに手をかけ、セーンにひと言、合図を送った。
ヴィンは当然、魔法語を解さない。
ただ、口から漏れた聞き取れない言葉と、梟の金色の瞳が輝く様で、魔法語による呪文を唱えているのだろうと理解した。

右手に浮かんだ仄蒼い光が足元を照らしたかと思うと、すー……っと、手から足を伝って地面に吸い込まれていく。
それを安心したように見守ったエァルスは、労るようにセーンの額に唇を寄せ、「やっぱり俺より、この子の方が力が強いな」と自嘲気味に呟いた。
完全に光が消えると、ヴィンが近寄って声をかける。
「なんだ? 今の」
「俺達の後を、誰も辿れないように。目眩ましみたいなもの」
そう言って、踵を返す。
「俺は兎も角、ヴィンにまで迷惑かかっちゃ困るだろ」
伏し目がちの瞳で、エァルスは顔を向けずに言葉をかけた。
「確かになぁ」
その返事を受けて、エァルスは躊躇いがちに言葉を濁し、目を逸らす。
「あぁ。だから……」
「少なくとも隣の国に行く前に、追っかけられちゃ面倒だからな」
そう言うと、顔を覗き込むようにして、明るく笑う。
「で。次は何処に行く?」
屈託なく明るい声と、『今後』への誘いの文句。
追われる身に成りかねない事を負い目に感じ、連れ立つことを逡巡していただろうエァルスが顔を上げる。
冷静沈着な魔法剣士が、いつになく呆気にとられた顔をしていた。
ぽかん、と大きな眼が丸くなった顔つきは、年上と知ったもののまだ幼く見え、思わずヴィンは意地悪く笑う。

「そういや、おまえさぁ。外見の事言われるの嫌がるのって……童顔で女顔だからか?」
「………」
絶句と同時に、みるみるエァルスの顔が紅潮していく。
「なんだ、図星か」
しかし年齢を知られた後に、自分とそっくりな顔をした姉の姿を見られた以上、最早言い訳は出来ないようだった。
向かってくる拳をひらりとかわし、ヴィンはにやにやした儘、赤面したエァルスを面白そうに見ている。
実のところ、結構気にしているらしい。
(いいじゃねぇか、そんだけ美形だってことなんだからよ)
それは少し悔しいから、言ってはやらないでおこう。


「とりあえず、日が昇る迄歩こうか。なるべく早めにこの国を出たいけど……明日くらいはゆっくり休もう」
「だな。それに、次の遺跡巡りにも備えねぇとなー」
流石に少しは緊張していたのか、夜風に背を伸ばしながら答えるヴィンに、小さくエァルスは「ありがとう」と声をかけた。
その言葉は、耳敏い盗賊のくせに気づかないふりをして。

エァルスの肩の上でセーンが密やかな息をつくと、主に視線と声を送る。

“ いい方ですね。これからもご一緒するのなら、楽しそうです。 ”

「そうだね」
使い魔の声は、術者にしか聞こえない。
ヴィンが「何言ってんだー?」と振り返るけれど、なんでもないよ、と笑って返した。

これから、本当の意味でふたりは相棒になるのだろう。



振り返った、キュシュアの街。
故郷が滅ぼされるなど予想だにせず、自分の夢だけを追って旅立った8年前のあの日、朝陽の中でこの道を抜けた。
姉の見送りを受けて、独りの力で未来を切り開いていこうと、明るく旅立った少年期の自分。
今、月明かりの中を連れとなった男と姉の形見と歩む自分には、どんな先が待っているのだろうか。
それでもまだ、果たすべき約束は残っている。

いつかこの国が自由になったら。その時は、きっと。



風渡る道を行きながら、エァルスは再び、故郷を旅立った。


FIN




最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございましたv
エァルスとヴィンは私個人としても思い入れが元々強かったキャラなのですが、ありがたいことに読んでくださった方からも可愛がっていただけたようで、本当に嬉しかったです/// 孰れ続編も書けたらな、とは思っています。


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