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魔法王国が滅びたのは、今から遡って遠い過去。
既に古代となった王国の遺跡が未開の場所も多いのは、滅んだ王国に比べ、今の世界の魔法力や文化が明らかに劣ってしまったからだ。崩壊した世界は混沌を産み、特に王国を支えたその威光は色褪せて。
魔術師と呼ばれる一部の人々以外、今この時代の人間は魔法を使えない。故に。
『魔法戦士』だなんて。
そんな万能な人の子など。噂には聞いていても、実際には潰えている伝説と思っていたのも無理はなかった──



瑠璃の瞳 ─3─




今日はなんていう一日だろう?
吟遊詩人の英雄譚(サーガ)くらいでしか縁はないと思っていた、『魔法戦士』ってものが自分の相棒だったとは。
それも殆どが滅ぼされ、僅かに残った魔術師も四散したと言われる、この大陸最大の魔法学院出身者。
しかも、学院が排出した最後の魔法戦士だという。
「なんだか、夢みてぇだ」
ヴィンは相棒を横目で見ながら、こめかみを拳でぐりぐりと押さえつけた。さも頭痛がする、といった素振り。
その態度にエァルスは、すっかりふてくされた様子で無言。
横でミファーナと呼ばれた中年の女性と、夫が人の良さそうな面を涙ぐませて微笑んでいる。
「さっき珍しく、ミョーーに料亭なんか気にしてやがると思ったら……」
あれが実家の、宝石商跡地だったとは。
「そりゃ惚けもするよなぁ」
思わず悪態をつく。
宿の主人に案内され、階下の食堂に場所を移した4人の前には、豪勢な夕食と酒が並ぶ。
宿の主人と女将の振る舞いによるものだ。
滅ぼされた街の名士の末息子が、生きてこの復興の地に帰ってきた事を、彼らは心から歓迎している風である。

エァルスはその心遣いを恐縮してはいたものの、有り難くその好意に甘えている。
確かに、外見の所為だと思っていたが優遇される事に慣れた風な態度と言い、所作の綺麗さと言い。以前から剣が頼りの冒険者のくせにしては、妙に上品なところがあるから、育ちがいいんだろうとは思ってはいたけれど。

「大陸全土に名の通った、大宝石商じゃねェか。俺だって、前に宝石換金の時に使ってらぁ」
間接的にだが。他国にもロアン宝石商に絡む流通経路は、幾らでもあった。
貨幣制度がすっかり根付いたとはいえ、国毎に異なる貨幣と財産性から、宝石の社会に対する役割は大きい。
しかもただの商家ではなく、ロアン家は元々貴族の家柄。
国家事情からこの国では公職には拘わらず、経済面で国を支えていた一族だそうだ。
素性を明かさないのも道理。
この国の文化の高さと華やかさを妬んでいた侵略者は、特にキュシュアの文化人を容赦しなかったと伝え聞く。
ロアン家の息子で魔法戦士なんて素性が知れたら、間違いなく追っ手がかかったろう。
とはいえ、それでも名字は伏せていても偽名を使っていないあたりが、彼の自負であり誇りなのだろう。
加えて言うなら、実力に裏打ちされた自信。


苦笑いを浮かべながらも、自分を見つめる初老の夫婦に向ける瑠璃の瞳は、あくまでも暖かい。
彼らが言い出せずにいる過去を、彼は既に察知しているのだろう。否、街に来る前から予測していたのだろう。
実家が跡形もなくなっていたことを。
「でも……よく一目でわかりましたね。8年も経っているのに」
自嘲気味に、遠慮がちにふたりに尋ねる。忘れられていると思っていたからなのだろう。
が、その言葉にふたりは驚いたような笑顔を返す。
「そんな! 憶えてるに決まってるじゃありませんか!」
ヴィンが微かに苦笑する。
エァルスは、時々こういう面があるのだ。
自分の外見がどれだけ突出して目立つのか、理解していないというか、あまり自覚がないらしい。

「そう、それに8年経つとは言え、旅立たれたのも学院を卒業して、もう成人なさった後だったではないですか。一層凛々しく、ご立派にはお成りですが、見間違えるような……」
「ちょ……っと待て!」
感極まりそうなおじさんの言葉を制し、突如ヴィンが左手を伸ばして割って入る。
食堂の丸椅子が床板の継ぎ目に掛かって、ぎぃと音を軋ませた。
目の前に伸ばされた掌を、ミファーナとエァルスが不思議そうに挟んで眺める。
「ちょっと待て」
もう一度繰り返す。
「もう俺はお前が伝説の魔法戦士だろうが、大陸一の宝石商の御曹司だろうが、どーでもいいが」
その口調は、かなりどうでも良くなさそうだが。
「そりゃいいが」
ふいに頭を上げ伸ばした左手を肩にかけると、困惑の表情で相棒の端正な顔を覗き込む。
「8年前に成人って……おまえ一体、いくつなんだ?」
この国の成人が、18歳なことくらいは知っている。
が、しかし。
困惑に冷や汗が混じる。
「……26だけど?」
そんな態度を意に介さず、平然とエァルスが応える。
肩に手を差し掛けた儘、ヴィンはがっくりと首を落とした。頭の上に、錘が降ってきたかのような項垂れよう。
(みっつも歳上じゃねぇかっ!!!)

「お若くお見えになるから」
中年の男性は、にこにことさも嬉しそうにエァルスの整った顔を眺めて言う。
「若く見えるっていうより、年齢不詳以上に、詐欺だっつーの!」
年下と信じて疑わなかった相手の年齢に、驚きを通り越して不平の言葉が漏れる。
そもそも、言動と剣の腕から察するに20歳を越えているのはわかっていても、初見では10代にも見えかねない。
職業柄、人を見抜く目は持ち合わせているつもりだったヴィンなのだが。
「なんか俺、疲れてきた……」
心底参った様子で目を伏せ、髪をかきむしるように頭を抱えるヴィンに不服そうなエァルスだったが、どうもこういった反応に慣れている風でもある。
だから外見のことを言われるのを嫌がるのだろうか。
(こんな特異なヤツ、十年経ったって見間違うわけねぇよ……。)
ヴィンは思わず、心の中で愚痴る。


「ところで、どうして突然この街に?」
ひとしきりヴィンがへこたれた後、ミファーナは心配気に言わずにいた疑問を口にした。
そもそもヴィン自身何故この街に来たのか不思議だったのだが、彼の素性を知るとその気持ちが強くなる。
この場にいる全員が思っていたのだろう。彼女のひと言が場を重くする。
エァルスはその重い空気を感じているのかいないのか、静かに黙って酒を呷る。
その様子にヴィンが小突く仕草を見せた時、大きな瑠璃色の瞳を上げた。
「フェリア姉さんが、残してくれたものがあるんです」
占領下の街では、命さえ狙われかねない素性を明かした男は、そう言った。
「もう探せるはずだから」
静かな、決意の笑顔を見せて。

「ですが……お姉さまは……」
苦渋の声。
伝えなければならない決意の表情と、告げるのを躊躇う苦悩の狭間。
「……わかってます。この街が侵略されて魔法学院が壊滅させられたと聞いた時から、家族の誰も生きていないのは覚悟してましたから。略奪もされたんでしょう」
はっきりと、だがあたたかい瞳のまま、彼は前を見据えてそう言った。
夫婦は憶えている。
ご用聞きとして働いていた宝石商が、略奪の限りを尽くされた後、火を放たれたことを。
美しく、誇り高かったこの『聖賢都市』が、業火に巻かれた辛い記憶。忘れ得ぬ光景。
ミファーナの目から、涙が零れた。夫が優しく肩に手を添える。
「姉が魔法学院に残って導師の助手を務める時に、約束してくれたものがあるんです。僕の実力が伴っていれば、手に渡るだろうと」
あくまで優しく微笑みながら、想い出に浸るようにそう語る。
暫く言葉をなくしていたヴィンが、本職の血が騒いだのか、僅かに眼を輝かせて口を挟んだ。
「じゃあ、魔法学院の跡地に入ってみるのか?」
「いや」
にべもない。即断で意を殺がれて、ヴィンが机に突っ伏した。
夫婦が涙を拭うのも忘れて、唖然と眺める。
と、ヴィンは突然がばっと身を起こした。
「なんでだよ、せっかくー!」
どうどう、と軽くいなす辺りは実年齢の成せるところだろうか。
「悪い悪い」
血気盛んなヴィンを、多少の苦笑いを含めてエァルスがさらりとかわす。
「学院自体には、導師達がかけた魔法が残ってるはずなんだ。俺の力じゃ到底敵わない。姉さんも、それはわかってたから学院には残してないさ」
だからこそ、魔法学院は廃墟のままなのだろう。手出ししなかったのではなく、出来なかったのだ。
「じゃあ何処にあるんだよ?」
「それなんですけど」
一端言葉を切ると、エァルスは夫婦に向き直った。神妙な面持ち。
「姉さんの墓、知りませんか?」
3人一様に驚きの表情。夫婦は顔を見合わせる。
「それは勿論……。私達がせめてもの心づくしにと、弔わせていただきましたから」
「ありがとう」
寂しげな、けれどもとても綺麗な笑顔。心に染みいるような、憂いのある表情だった。
「案内してください。きっと導いてくれるはずだから」
エァルスが、そっと先刻までのやりとりの発端になった、鎖を引き出す。
紺青の石を嵌めた指輪が、頭上の灯りを浴びてやわらかに輝いた。
「それは……」
夫婦が驚きに眼を見張る。
「形見になっちゃいましたね。俺が卒院する時、姉から貰ったものですが」
ミファーナは、指輪の持ち主である彼のすぐ上の姉を懐かしく思い出していた。美しかったロアン家5人兄弟の次女は、魔法学院の、そしてこの街の華でもあった。
「何か仕掛けがしてあるみたいなんです。自分の力じゃ解けないんですけど」
さすがに専門に導師の道を進んでいた姉の魔法は、戦士と両方の訓練を積んできた自分には解く力がないのだ。冒険者として8年やってきて、やっと何かが仕掛けられていると気づいた程に。
尤も、普通は両方の訓練が出来ること自体、驚くべき才能なのだが。
「何を残してくれたのか、姉の想いも知りたいんです。今まで何もしてこれなかったから、薄情過ぎるって……親不孝だって、怒られるのかもしれないけど」
寂しげな笑顔に、ミファーナは胸を突かれた。
彼が帰って来たくても来れなかっただろうことは、想像に難くないのだ。実際、今でも危険がないわけではない。
「エァルス様がこの国に長居するのは、おすすめできません。すぐにご案内しましょう」
先に立ち上がったのは、やっと涙を拭った夫の方だった。


街を見下ろす小高い丘の上。
街を護る外壁も崩れたままにされている、そんな郊外の幽居な土地だった。
眼前には、鬱蒼と茂る森が広がる。

「……こんなところで、本当に申し訳なく思ってるのですが」
ミファーナの夫は、沈痛の面持ちでエァルスを見上げる。
彼の銀色の髪が、丘を渡る風に煽られ月夜に映えて、薄く輝く神秘的な風景。
何処かでフクロウの鳴き声が、微かに風に乗って聞こえてくる。

いつか見た、夢の続きのようだった。

「いえ。名を刻むのも本来なら憚られたんでしょうし。ありがとうございます」
地面にほど近い、草叢に隠されるようにひっそりと置かれた一族の墓石。
その場に立ち尽くすようにしていたエァルスが、唇を噛みしめるように振り返ると、ふたりに深く頭を下げた。

実際、この夫婦に再会するまでは墓など探すのは困難だと思っていた。
この都市で安易に探知の魔法を使うわけにはいかない。だからこそ、街道で出逢っただけの、見ず知らずの盗賊と連れだってやってきたのだから。勿論相性というものもあるし、彼の腕も人柄も見込んでの事ではあるが。
街に着き、実家が跡形もなくなっているのを見て、余計に覚悟していた。


まだこの国は、占領されたままなのだ。
独立への動きも水面下ではあるとは聞いているが、ならば尚のこと、危険を伴う行為だろう。
宿では周りの人々は好意的に迎えてくれたが、統治者にとっては目障りな存在に違いない。
8年ぶりに踏んだ、故郷の地。
しかし、そこは長く立ち止まるには危険が多すぎる。
そしてこの時、4人を見つめる金色の瞳があったことを、まだ誰も知らなかった。



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