TOP >> Word >> 瑠璃の瞳 ─1─

落ちてゆく街で、美しいひとりの魔術師が儚く散った。
『聖賢都市』と呼ばれる栄華を誇ったこの街と、大陸最大の魔法学院と運命を共にして。
国全体を護る為にこの街は闘い、街を護る為に魔術師達が率先して闘い。
学院を誇りにしていた街の市民も、必死の抵抗を続けた。
しかしその抵抗も長くは続かず。
武力に勝る隣国に蹂躙され魔法学院が落ちると、街も、そして国自体も敢え無い最期を迎えた。
劫火に巻かれた魔法学院を、街に住む人々は絶望と共に涙で見送ったという。

今から、5年前の出来事である。


そしてその報せを遠く離れた地で受けた、ひとりの剣士がいた──



瑠璃の瞳 ─1─




キュシュア周辺地図「冒険者組合(ギルド)の通行証か……」
通行証が示す通り、如何にも古代遺跡や迷宮で財宝なんぞを探索して魔物と戦っている、と言った出で立ちの男二人を、北門に立つ衛兵が見比べた。
「どうにも胡散臭い連中だが、まぁいいだろう。通れ」
衛兵は通行証をふたりに返すと、そう告げる。
ここはかつて大陸最大の魔法学院を持ち、『聖賢都市』と呼ばていたモロアラーキ王国最大の都市、キュシュア。
とはいえそれは過去の話。
隣国に侵略されて5年。
破壊し尽くされたと噂に聞いたわりにはすっかり復興していたが、未だ隣国の統治下にある街だ。
通り名の由来になった魔法学院に至っては、未だ廃墟の儘らしい。
そのわりに、初めてこの街に入る『余所者』の審査にしては、緩いように思う。
既に自治は回復しているらしいし、統治側の国力故の余裕なのかもしれない。

(通行証だけで通れるのか……。)
ヴィンはその衛兵の態度に、些か拍子抜けしていた。
髪の深い色とつり目が特徴の、全身を深緑系統の服装でまとめた痩せ型の男である。
彼の荷物を調べられれば、その特殊な道具から、簡単に盗賊だと知れてしまう。古代王国の遺跡を探索する事が多い冒険者には盗賊の七つ道具は流通しているし、冒険者としての盗賊は認められているところはあるが。
それでも彼自身、あまり過去を語れはしない育ちだ。素性を詮索されずに済むのはありがたい。
安堵を見せないようにして相棒の男にちら、と目線を送ると、彼は無言で通行証を懐に仕舞っていた。
……と見ると、何処かその端正な顔立ちが、強張っているようにも見える。
(簡単に通れるっていうのに、何だってんだ?)
門を通ってみても何もない。
ヴィンはやはり違和感も感じず振り返る。と。

ピーピーピーーー!!!

ヴィン「エァルス?」
思わずヴィンは、相棒の名を呼んだ。
音で見咎められたらしく、門を超えた先で槍を向けられている。
「おまえ、何を持っている?」
彼は秀麗な表を微かな苦笑で歪ませて、手を広げて抵抗の意志がない事を身体で現す。
「……何を、って何をですか?」
先程感じた強張りは何処にもなく、余裕すら伺える態度。
そこから察するに、衛兵の反応もどうも予想していたようだ。
相変わらず、剣士のクセに妙に冷静で落ち着いた奴だ。

俺より2・3は若いだろうに。
彼はこう言うとなんだが、戦士らしからぬ性格をしている。
自分もまだ23だが、自分より幼い顔立ちをしたこの相棒は、やけに冷静で理知的で、大人びた面があるのだ。
実のところふたりが共に行動するようになって、まだ三ヶ月。
お互いのことは良くわからない。
盗賊故に詳しい経歴なぞ触れられないヴィンは勿論、エァルスも冒険者の常か、多くを語らないからだ。

「強い魔法の掛かったものを持ってるだろう。見たところ剣士のようだが、何を持ってるんだ」
詰問とまではいかないが、警戒感の感じられる声。
黒の長衣に纏った軽い銀の鎧は戦士としてはかなり軽装だが、腰にさした爪先に届こうかという長さの長剣を見れば、明らかに彼が剣を頼りに冒険していることは見て取れる。
魔術師でもないのに、何故魔法の反応があるのか、ということらしい。
そうか……。ヴィンは噂話……というより、盗賊ギルドから仕入れた情報を思い出していた。
侵略した隣国は武力統治国家で、魔術師が少なく、魔法に警戒心が強いのだと。
元よりこの国を侵略し、キュシュアを真っ先に壊滅させたのは、その魔法学院に脅威を感じていたからだという。
それに。
白銀の髪に、大きな瑠璃色の瞳。何処から見ても、整った顔立ち。
本人に自覚があるのかないのかいまいち怪しいところがある、とヴィンは常々思ってはいるものの、このエァルスという男、明らかに外見が突出して目立つのである。
陽の光が、銀と瑠璃に染めた布を額に巻く銀髪の上を、揺らぐように滑る。深みのある瞳の色も、角度と光で煌めくように色を変えた。冒険をしていながらあまり焼けていない肌と、引き締まった体躯。背はヴィンより頭半分程低いが、低いわけでもない。
とにかく、この男の姿は衆目を集めるのだ。
門を行き交う街の人々の目も、明らかにエァルスに向いていた。

エァルスヴィンが戸惑うのを余所に、彼は至って落ち着いた様子。
徐に、するりと財布代わりに使っている革袋を開く。
「これですか? 遺跡の宝箱から出てきたものですけど」
そう言って、銀の台座に瑠璃色の宝石がついた指輪を取りだした。
その指輪を衛兵が受け取って、門に翳すと再び音が鳴る。
街を巡る外壁の門自体に、魔法探知の術がかかっているらしい。
「なんだこりゃ」
「よくわからないんですよ。魔法が掛かってるみたいで。
この街なら何かわかるかと思って、それで旅して来たんですが」
淀みなく笑顔で話すエァルスの声には、翳りがない。
最初の表情は見間違いだったのかとも思う。

ヴィンはその指輪には見覚えがなかった。
自分と組むようになる前に手に入れたものだろうか。
盗賊という職業柄、目の前のお宝に自然と興味がそそられる。
「この街じゃ……魔法のことなんて、わかるような奴は、もう……ろくにいやしないぞ。わざわざ来たのかもしれないが」
苦々しげに衛兵がその指輪を返す。
この衛兵は、多分侵略前からこの街で過ごしてきたのだろう。
過去栄華を誇っただけに、学院が崩壊した現在、この街では魔法はどちらかというと禁忌なのかもしれない。
「そうですね、あまり期待しないでおきます。でも冒険者なんて、そんなもんです」
にこりと笑って指輪を仕舞う彼自身が、その指輪に似ていると思ったのは色の所為だけだろうか。
盗賊の勘は侮れないと、ヴィン自身は思っている。



「だいぶ復興したんだな……」
エァルスがぽつりと呟く。
ヴィンは頷いて、大通りをぐるりと見渡した。
活気あふれる商店街に、侵略統治後の荒廃の面影は少ない。元より、文化的に名高い都市。
自治を認められた現在では、一般民衆は誇りを胸に、自立への道を歩んでいるのだろう。遠景に閉鎖された魔法学院の尖塔が見えるのと、路地には破壊の傷跡が残るものの、街中は彼の台詞通り、復興を迎えたようだ。
「結構変わってんのか?」
エァルスは侵略される以前に、この地を訪れたことがあるらしい。
ただ5年以上の歳月が経過したのもあり、足取りからも街の様子が相当変わっているのは想像に難くなかった。
「ああ……」
そうひと言応えたっきり、ぼんやり遠い目をしている。
その視線が珍しく、ヴィンは思わず表情を注視する。三ヶ月常に一緒にいるが、こんな表情は初めてだ。

ふと、エァルスの足が止まる。
「どうした?」
怪訝に思って尋ねるが、返答はない。
視線の先には、宿泊施設も兼ね備えた料亭。立派な赤煉瓦造りの建物で、街の中心に近い立地もあり往来は多く、繁盛している様子。湯気にのって香気が鼻をくすぐる。とはいえ自分達には少々、敷居が高そうな佇まいだ。
「あー、早くこんなところで気軽にメシ食える身分になりてぇよ」
思わずヴィンの口を本音がついた。背伸びをして頭の後ろに手を回す。
エァルスがその台詞に、ふっと口許をほころばす。
「まぁ、得意の眼力でお宝見つけてくれよ」
「あらぁ、期待されちったー」
おどけたヴィンの返事に、ふたりで笑い合う。
いつものエァルスの顔に戻っていた。自分の邪推だったのだろうか。

ガシャン!

突然、後ろから物音がする。
ヴィンが振り返ると通りの向こうに、持っていた荷物を落としてしまったらしい、ややふくよかな中年女性がこちらを凝視していた。
盗賊故に音に鋭敏になっているヴィンと違って、大した音ではなかった所為かエァルスは気にもとめず、料亭の方を向いている。

そのエァルスの端正な面差しに送られている、物を取り落とす程の熱視線。
(あ…………。)
ヴィンが肩を竦める。
またか。
素直な感想が、脳裏を過ぎった。
そもそもヴィンがこうしてエァルスと連れ立つようになったのは、偶然街道でふたりが助けた女性に、しくこくつきまとわれて辟易していたエァルスを助けたのがきっかけだった。
男からみても、飛び抜けて『いい男』である。気持ちはわからないでもない。
「さっさと行こうぜ。ここに居たら腹へってしょうがねぇや」
それも本心には違いない。
中年女性に付きまとわれるのは自分相手じゃなくても御免被りたい、という気持ちの方が本音だろうが。
珍しくこの料亭には未練のありそうなエァルスをせっついて、ヴィンはその場を立ち去った。

今夜は街外れの宿場ってところか。それが今の俺たちには似合いだろう。
いくらでも稼ぎようがあるだろうエァルスの外見は、最後の手段にとっておく。
そんな冗談は、本人が怒るので言えなかったが。
実はエァルスは外見のことを言われるのが、あまり好きではないらしい。
それもまた、不思議な話だった。



WORDに戻る このページの先頭へ 次ページへ